言葉というのは、人と人との営みの中で生きているもの
ドラマ「持続可能な恋ですか?〜父と娘の結婚行進曲」
テレビを持たない私ですが、TVerやNetflixでドラマは観ます。様々な人間模様をどんなふうに描き、どのような演技をするのか、そして俳優たちがどんな表情でトーンでリズムで抑揚でセリフという言葉を奏でるのか。良いシナリオがあってこそ俳優たちの名演技が生きてくるのだと思いますが、陳腐なシナリオであっても演技力が高いとそれなりになってしまうのですから、俳優という職業はある意味恐ろしいな・・・と。
尤もシナリオが悪質だと演技をする気にもなれないかもしれませんけどね。
で、この「持続可能な恋ですか?」(「じぞ恋」と言うらしい)・・・こういう滑稽なしょうもないタイトルと思い観るつもりはなかったのですが、田中圭、井川遥が出ているので観てみる気になったら、これがなかなか面白くて、結局毎話観てしまっています。
特に、女医・日向明里(井川遥)が、ずっと歳上の辞書編纂者・沢田林太郎(松重豊)に恋をしていく、あ〜日向先生が林太郎さんにキュンとなっていく気持ちわかるなぁ、いい恋だなぁ・・・と。
ふたりがつきあうことになった第9話、ふむふむと思うセリフがあったので、この投稿を書いてみようかと思ったのでした。
ふむふむと感じたセリフがこちら↓
・40を過ぎたら年齢なんて個人差みたいなものですから。
・生きているということは、変化していくということだ。
・言葉というのは、人と人との営みの中で生きているもの。
60年近くも生きていると、こういう言葉がスッと入ってきますよね。「なるほど」というよりも、「そうそうそういうことなのよねぇ」って。
最初の「年齢なんて個人差」というのは、10代の頃からそういう感覚だったもので、目上の人からはよく「おまえ生意気だねぇ」とはよく言われました。で、今は若い人から「僕が歳下なんですからタメ口でいいですから」とか言われてます。どんな人に対してもスタンスを変えないということをポリシーにしているというか、敢えてそうしているわけでもなく、それが素なので、どうにもできないのですよね。人によって態度を変えることが大嫌いな人なので・・・。
だけど、大好きな人に対しては、もちろん超特別感を出しますけどね^^;。